海馬とうつの関係

現在の標準的なうつ治療としては、休養や環境調整と合わせて、抗うつ薬投与が取り入れられています。特に、第一選択薬として、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などが挙げられます。これらの処方は、セロトニンなどの神経伝達物質が足りなくなることから、うつを発病するのではないか、というモノアミン*仮説から導き出された治療法です。うつ病は、そのメカニズムがまだ完全に解明されておらず、様々な角度からの研究が続けられています。その数々の研究のうちには、海馬とうつ病を関連づけたものも数多くあります。

海馬とは、その形がタツノオトシゴに似ているために付けられた名称で、記憶、感情、気分などを司る大脳辺縁系の一部として機能し、短期の記憶が一時的に保存される場所です。

脳をはじめ、人体の器官は素っ気ない解剖学的な名前が多いなか、海の生物の名前を与えられた海馬は、ある意味とても神秘的ではないでしょうか。私たちの潜在意識が、よく深い海に例えられたりすることと、無関係でないのかもしれません。

うつ病では、この海馬の縮小が見られることも報告されており、これを修復して再生することが、うつの症状を軽減し、メンタルヘルスを良好にするために重要だと指摘されています(1)。ストレスやトラウマが、神経伝達物質に影響するだけでなく、実際に脳のサイズや容積をも縮めてしまうという事実は、とてもショッキングではないでしょうか。

また、成長期までに、長期または大きなストレスを受けた場合、大人になってからのストレスに弱くなる傾向や、うつ病になりやすいということが知られています(2)。7歳までに育児放棄された男児や、成長期に虐待を受けた女児には、海馬の縮小が多く見られるとも報告されています(3)。

海馬の収縮を引き起こす原因の一つは、ストレス・ホルモンのコルチゾールに長期的に晒されることです。過度のストレス・ホルモンは、海馬も含む、脳神経細胞(ニューロン)の健康や成長に必要な脳由来神経栄養因子を抑制してしまいます。また、その他の栄養因子を抑制する要因としては、炎症や運動不足などが挙げられます。

海馬は、その機能、サイズや容積を保つために、理想的には日々約700個の新しいニューロンを成長させることが理想的だとされています。ストレスが長期で継続すると、ニューロンは成長どころか退化の方向へ向い、海馬が不健康な状態となって気分も不安定に。そのため、これらの新しいニューロンを成熟させ、うまく機能するよう導き、また脳の容積を維持するための脳由来神経栄養因子や神経成長因子は欠かせない要素となります。これらの因子は、脳のエネルギー効率を高めたり、脳細胞の中のミトコンドリアを増やしたりと、いろいろな素晴らしい働きをすることも分かっています。

これらの因子を絶やさず、海馬の健康を保つためには、地中海式ダイエットをはじめとする、抗酸化物質が豊富で健康的な食事はもちろん、ヨガと瞑想(4)、ダンスや音楽(5)、社会とのつながり(6)などが効果的だといわれています。

バランスの良い食事やヘルシーなライフスタイルが、日々私たちの脳に住むタツノオトシゴを活き活きとさせているイメージには、なかなか素敵なものがあるのではないでしょうか。

by ナチュロパシー・ジャパン/麻実

 

*モノアミンとは、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどの神経伝達物質の総称。

参照:

  1. The Hill, A, Sahay A, and Hen R. (2015). ‘Increasing Adult Hippocampal Neurogenesis is Sufficient to Reduce Anxiety and Depression-Like Behaviors’, Neuropsychopharmacology, 40(10):2368-2378.
  2. Pervanidou P, et al. (2017). ‘Neuroendocrine responses to early life stress and trauma and susceptibility to disease, European Journal of Psychotraumatology, 8(sup4):1351218.
  3. Teicher M, and Anderson C. (2018). ‘Differential effects of childhood neglect and abuse during sensitive exposure periods on male and female hippocampus’, NeuroImage, 169:443-452.
  4. Cahn B, et al. (2017). ‘Yoga, Meditation and Mind-Body Health: Increased BDNF, Cortisol Awakening Response, and Altered Inflammatory Marker Expression after a 3-Month Yoga and Meditation Retreat’, Frontiers in Human Neuroscience, 11,315.
  5. Müller P, and Rehfeld K. (2017). ‘Evolution of Neuroplasticity in Response to Physical Activity in Old Age: The Case for Dancing’, Frontiers in Aging Neuroscience, 9,56.
  6. Salinas J, et al. (2017). ‘Associations between social relationship measures, serum brain-derived neurotrophic factor, and risk of stroke and dementia’, Alzheimer’s & Dementia, 3(2):229-237.